

写真を撮ったら、ようどれ館へ。入場料100円と安いのだけど、あれっ?こんだけって感じだ。ビデオライブラリーとかある他は、ちょっとした展示と出土した遺物に目玉の実物大に再現された英祖王の墓の内部が展示されている位かな。いろんなパンフがあるのはいいかも。ただここの寄らなかったらそのまま帰ったかもしれないのだけど、ようどれはその先にあることに気づいた。


階段を降りきってから、ちょっと坂を途中まで下ってみると、ようどれは、なかなか迫力がある。

パンフレットによると、浦添ようどれは、浦添グスクの北側崖下にある琉球王国初期の王陵で、咸淳年間(1265-1274年)に英祖王が築いたといわれていて、その後、1620年に、浦添出身の尚寧(しょうねい)王が改修し、王自身もここに葬られたそうだ。
沖縄の墓造りの原型になったと考えられていて、墓の中の石厨子は県指定文化財。仏像、鶴、亀などの見事な彫刻が施されていて仏教文化の影響を色濃く残しているそうだ。 現在見られるのは、2005年4月には修復・復元工事が完了したもの。
「ようどれ」とは琉球語の夕凪と言われているけど、極楽を意味するとも考えられているようだ。


さて、また階段を登り、今度は頂上の方への坂を登ってみることに。

坂の途中に沖縄学の創始者と言われる伊波普猷(いはふゆう)の墓がある。彼の学問の領域は広大で、沖縄研究を中心に言語学、民俗学、文化人類学、歴史学、宗教学など多岐に渡り、それらの業績を元にした学問体系として「沖縄学」が生まれたんだそうだ。
琉球と日本とをつなぐ研究を行うと共に、琉球人=うちなーんちゅのアイデンティティの形成を模索し、「日琉同祖論」はその探究の一つ。友人の東恩納寛惇は、浦添城跡の顕彰碑に「彼ほど沖縄を識った人はいない 彼ほど沖縄を愛した人はいない 彼ほど沖縄を憂えた人はいない 彼は識ったが為に愛し愛したために憂えた 彼は学者であり愛郷者であり予言者でもあった」と刻んでいる。


ようどれの頂上の方は、デイゴの木がたくさん植わっていて5月頃来たら、見事だろう。木陰も多く、芝生もあるし見晴らしもいいのでピクニックにもいいかもしれない。木洩れ日がまるでレンズのボケみたいな感じでとても綺麗。
ドリーネみたいな部分にディーグガマと御嶽があるのだけど、ちょっと異空間な雰囲気に満ちている。鍾乳洞もあり階段が下に続いている。
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浦添グスク・ようどれ館・浦添ようどれ
住所:浦添市 仲間
電話:098-874-9345
営業:浦添グスク・ようどれ館 09:00-17:00 浦添ようどれは18:00まで
定休:ようどれ館は、月と12/28-1/3
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