なぜか高倉式の倉庫らしきものがあったりもする。入口右には村立の博物館もできているのだけど、すでに閉館時間だったので今回は見ることができなかった。
城門までの緩やかな坂の両側は琉球松並木になっている。
座喜味城は、琉球の名築城家として知られている護佐丸が、1416年-1422年に北山監守として今帰仁城にいた時期に築いた城で、当時治めていた喜界島、沖永良部島、与論島などから人を集め、城を築かせたといわれている。1440年に首里王府の命で中城に移るまでの18年間をここで過したのだそうだ。
座喜味城は、他の城が石灰岩台地上に建てられているのに比べ、赤土台地上に建てられた珍しい城でもある。また、城門のアーチにはクサビ石が使われており、これは他のグスクでは見られないことから、もっとも古いアーチ門だとも言われている。
石垣の石の積み方もグスクにより異なり、大小さまざまな石を一見無造作に積む野面積み、5角や6角に加工した石を組み合わせるように積む相方積み(亀甲乱れ積み)、一定の大きさの直方体に加工した石を積む布積みの3種類の方法がある。座喜味城では、城門周辺は布積みで、その他は相方積み。城壁の上は、野面積みとなっている。
一の郭から二の郭へ向かう右側の通路は行き止まりになっているのだけど、これは敵が侵入した場合にこちらへ半分を誘導し、城壁から石や熱湯をかけて撃退するためのものだそうだ。城壁の上からは緑豊かな読谷と海が天気がよければ綺麗に見える。今度は天気のいい日に来てみよう。
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